広告にまつわる話ブログ

広告代理店でマーケティングを担当。好きな広告について語ります。

広告代理店の彼とデートで価値観あわない

友達の紹介で知り合って付き合うことになりました。

 

最初は職業を気にすることなく付き合ったのですが、最初のデートでオシャレなバーにつれていかれて、私は大人の世界に気持ちが盛り上がったことを覚えています。

 

今思えば職業柄だったのでしょうが。

話題が豊富でいつも私にとって新鮮な話題を提供してくれますし、連れて行ってくれるお店もそれまでの私には縁のなかったところばかりでした。

 

一緒にいるだけで自分が大人になっていくような気がしましたし、いつも面白くていつの間にか夢中になっていました。

 

ところが付き合い始めて半年ほど経ってくると、だんだんとその交友関係の広さと金銭感覚が気になってくるようになりました。

 

接待なども多く、女性がいるお店にいくことも当たり前でしたのでそこにいちいち目くじらを立てるわけにはいかないのもストレスでしたし、元が堅実派の私としては最初は憧れだった高いお店もただの贅沢にしか見えなくなってきました。

 

移動も常にタクシーだったので、なんだか感覚が合わないなと思ってそれが積み重なった結果、別れることとなりました。

 

もしあの時の自分がもっと長く付き合いたいと思ったのであればとにかくすべてを我慢する必要がありました。

 

付き合いで朝まで飲んでデートをすっぽかされることもよくあることですし、旅行中に仕事が入ったと先に帰られたことすらあります。

 

仕事が第一になるのでそれを割り切れないと続けることは難しいと思います。

そう考えるとお給料は良くても一緒にいる感じがしないので私にとっても結婚対象にはならないです。

 

自分もバリバリ働いてちょっとドライなパートナー関係で満足できないと難しいのではないでしょうか。

広告代理店の5月病の体験談

 

地元の小さな広告代理店で、営業職として働いています。学生の頃から広告代理店で働くことが夢でしたが、新卒での採用は叶いませんでした。

事務職を経験したのち、必死で転職活動をし、やっと手につかんだ広告代理店での勤務です。営業としてクライアント確保、受注活動、売り上げや予算管理などの仕事をしています。

 

当然ですが、やっと入った広告代理店だったため、入社当時は意気揚々としていました。元々マーケティング部署を希望していたのですが、それは叶わず営業部での配属となったのです。

 

当初はどんな職種でも、夢だったのだから頑張れると信じて疑いませんでした。どんなに仕事が忙しくても楽しくて、広告代理店への転職という夢が叶ったことを、心から嬉しいと感じていたのです。

 

5月病なんて自分とは無関係だと思っていました。

 

中途採用でしたが、入社したのは4月です。勤務し始めて2週間ほど経過した4月の中ほどくらいから、体に異変を感じ始めるようになりました。

 

朝起きても体が動かず、どんなに会社に行かなくてはと思っても、思うように行動できません。次第に遅刻ギリギリで出社する日が増えていきました。社内にいてもできるだけ誰とも話したくないと思うようになり、クライアントとの打合せが苦痛で仕方ない日々が続きました。

 

そのうち、せっかく入った広告代理店なのに、やめたいと思うようになったのです。

 

このままではよくないと思い、どうしたらいいのかすごく悩んだ結果、思い切って心療内科を受診してみたのです。そこで5月病であろうという診断が下りました。先生に「仕事はいつ辞めてもいいくらいの気持ちで取り組めばいいんじゃないか」と言われ、体がすごく軽くなる感覚を覚えました。

 

いつの間にか、過密すぎるスケジュールが私の心を蝕んでいたのだと思います。せっかく夢が叶ったのだからと、すごく頑張り過ぎていたのがよくなかったようです。

 

心療内科を受診するのは少し勇気がいりましたが、思い切って受診したおかげで、なんとか5月病を乗り越え今も頑張ることができています。

 

もうすこしであれから1年が経ちますが、いまはなんとか仕事できています。忙しいことが当たり前になると消耗してしまいます。

 

時間を見つけてリフレッシュを心がけてることが大事です。皆さんも気をつけてください。

 

広告代理店でうつに、やっぱり5月病だった?

私は某大手広告代理店でSNS媒体の広告運用をしています。

毎日各媒体管理画面とにらめっこして、配信調整やレポート作成、分析、考察、検証、入稿対応などのいわゆる広告運用業務がメインです。

 

その他にも、媒体情報アップデートの全体周知、OJT教育や採用業務、社内外MTGなどなど・・・ そうですね、、色々頑張っています(笑)

 

休日も仕事のことしか考えていなかったですね。実績を残したくて、とにかく必死でした。 うちの会社は残業が当たり前で、案の定私も毎日残業3-4時間はしてました。

 

休日出勤もしまくってました。 気持ちで言うと、燃え盛りって感じです。

「部屋汚いな・・・もういいや」から始まりました。

 

そしてだんだん、いろんな事ができなくなってきました。 ご飯も作らない、人生初のお風呂入らないで朝まで寝ちゃうを毎日繰り返す、仕事でいつもしないようなミスをし始める、集中力がなくなる、なんかいつも笑ってる(←謎ですw)・・・ どんな気持ちかと聞かれると、正直「無」だったかなぁ。

 

何も考えられていなかったと思います、たしかそんな感じです。 当時同棲していたパートナーが私の様子を見かねて「君、会社休みたまえ。大丈夫。」と。 そう言われて膝から崩れ落ちて号泣したのは鮮明に覚えてます(照) 一旦、休職しました。

 

広告運用自体は嫌いなわけじゃないので。会社には「ちょっと限界突破したので、しんどいです。リフレッシュさせてください。ちゃんと戻ってきます。」と正直に言いました。 5月病というか鬱に近い状況だった気がします。

 

お察しの通りこんな環境なので、ぶっちゃけると退職率はスゴいですよ(笑) そんな状況だったので「辞める」という選択肢も当然考えました。

 

でも私は、一旦休職をすることにしました。 過酷な労働環境なのはもちろん改善するべきですが、自分自身も頑張りすぎたなって思うところはあります。

 

なので復帰してからは、早めにギブアップサインをアピールするようにしています(笑) 「すまん、誰か助けて」と言えば、一人くらいは助けてくれるので。

 

でも今後同じ事が起きたら、辞めちゃうかもです。

広告代理店の転職の原因は、5月病だった。

 

クーポン付きの無料で配る雑誌の営業で、面接でも忙し締切日は夜12時超えたりして、ある程度覚悟してました。勤め始めやりがい感じられて、楽しく、契約とれて回りもやさしかったです。

 

確かに早くて11時に帰宅といったハードな生活ですが、日々の成長を実感してよかったと思えたのです。

そうした充実の生活でも半年後は日本全体不況で、店を回っても広告料減らす話を聞くようになりました。

 

なかなか契約伸びなくて、以前より取れなく案った私を含む営業の子たちに上司は1日20軒回ってたところを40軒回るように指示出すようになったのです。

 

倍の件数におどろきつつ、まずは言われた通り回りましたが、それは地獄のはじまりです。40件など回れなくて、回らないと30分は叱られるのです。

 

会社はピリピリしており、会社がどんどん厳しくなってこれまでは活気あったメンバーも異変が出てきました。みんな痩せるか太るか変化がみられて、ねむれないなど異常きたしました。次々やめる中私は常にどうすれば辞められるのしか考えられなくなったのです。

 

そして、かえる時間も遅くなったのですが、会社の決まりで9時以降タイムカードおしてはならないといわれました。そしていくら働いても給与増えず、早く帰れないのはのろのろ仕事するからといわれました。

 

何事もやる気でなくなり、私は上司を呼び出してもう続けられないと訴えたのです。私の状況を見て上司は退職願しぶしぶ受け入れました。

 

我慢できないで逃げる私の姿勢を気に入らないらしくて、やめるまで後輩にこっそり私の悪口を言ったり、みんなの前で怒ったりなどを繰り返しました

 

。晴れて退職日は、同僚にお礼の品を渡しましたが、上司はしきりに営業中に買ったのか?と確認してきました。

 

そして休日に買いに行ったのですが、それを言ってもそうなの?とお礼もなかったです。その時心からやめてよかったと思いました。この会社が初めての就職先で、その後務めた職場は天国に感じられました。

 

あれは振り返ると、「5月病」だったのかもしれません。新しいクライアントを4月から受け持ち、死に物狂いで働き、燃え尽きちゃった感じです。

 

なにごとも、継続して働いていくには燃え尽き症候群にならないことが大事なのかもしれません

 

広告代理店の人事評価は厳しい

うちの会社は主にパチンコやパチスロのチラシを制作している会社です。

世間ではあまり知られていませんが、こういった店はいわゆる海外から日本に移住した人が経営していることが多いのです。

 

うちの社長も名前だけ見れば日本人ですが、実は外国の方です。

それは別にいいのですが、納得がいかないのは縁故採用が多いことです。

 

突然、社長の親戚にあたるという方が入社し、我々のような何年も勤務している社員を飛び越して、1ヶ月足らずの研修を経て新設の地方営業所の所長として抜擢されることがあります。

 

在籍する社員への評価についても、営業成績というよりも社長からいかに好かれているかで決まる印象でした。社長の親戚や同郷の社員は誘われて夜飲み歩いてるようですが、そういった社員は評価されて出世することが多いように思います。

 

ですがそういった縁故採用や身内贔屓ともとられかねない人事評価に納得がいかず、辞めていく社員も多かったです。

 

今の会社に未来があるかと言われたら、かなり厳しいと思います。以前よりパチンコ店は経営が厳しいところが多かったのですが、昨年からの自粛により更に売上が減った店舗が多く、広告予算も削られています。

 

またクライアントの広告出稿についても今までのチラシのような媒体ではなく、YouTuberに打ってもらってそれを動画にするような戦略を打ち出している店舗も出てきています。

 

うちの会社もクライアントから値引きを度々要求されており、全体の売上が減少しています。昨年からはパチンコ店以外からの仕事も受注しようとしていますが、成果はあまりでていません。以前のイケイケだった雰囲気はもうありません。

 

今後もこの会社で働き続ける気持ちが持てないため、転職活動をすることにしました。

やはり今後はネットを活用した広告宣伝をやっていなかいとならないと考えて、動画の制作会社はどうかと考えています。

 

チラシ広告も嫌いではないですし、今後も全くなくなることはない。と思いますが、伸びるとも思えません。

 

伸長している分野の仕事をした方が効率的ですし、くいっぱぐれない。と考えているからです。

 

動画の広告代理店業界がどうなっているのか、もっとリサーチしたいので、転職サイトを活用してみようと考えています。

 

どうやって自分のスキルを高めればいいのかと悩んでいました。はやり動画制作の勉強をもっとするべきではないかと思うのです。

 

そこで、ある動画編集を教えてくれるところに通うことにしました。サムネールの作り方や企画の作り方など。

 

編集やテロップの入れ方など様々作ることができるようになりました。いままで仕事では暗くて辛いことばかりでしたが、スキルさえあれば上手くキャリアアップできるように思います。

 

実際、私はその動画制作の作品をTwitterで告知したりしたところ、いまの会社の人が面白いと言って、採用の面談に進めることができたのです。

 

なんでもやってみることなんだと改めて感じました。みなさんもやりたいことや興味があることがあればどんどんやってみることだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広告代理店の評価と給与って?

今日は、広告代理店での評価や給与についてお伝えします。

 

うちの会社の評価制度ですが、完全受注制度というものを採用してまして仕事の出来に関係なく第三者からお仕事を引き受けることが出来るものにおいての身給料とは別にボーナスを配布するという仕組みを取り入れてました。

 

ただし、この評価システム、問題がありまして、要は本来支払われる額のお給料をボーナスで補うという荒業をやってのける人材が登場したことにより、破綻したシステムになりました。

 

たとえば、月の手取りが25万だったとして一件のアポを取ることが出来れば2万ボーナスだとした場合、10件アポを取り契約が成立すればおおよそ手取りが出来上がるので仕事そっちのけでアポさえとればよいかということを考えるものが増加しました。

 

評価システム以外の評価というものはあり、私の場合、ごますりがうまい人物で飲み会などで場を盛り上げる奴ほど出世していきましたので、多分ですが仕事ができる人物よりもごますりをすることが出来る人物の方が残念ながら出世できるのではないかと。

 

私は、会社に未来がないと判断しましたので転職することにしました。

 

その理由はですが、まず、この会社に未来がないと思える部分が仕事ができるかどうかよりアポイントを取ることが出来ることを重視していること。

 

アポを取った仕事をこなすのはなぜかアポを取った本人ではないというクソみたいなシステムであったこと。

 

故に不満しかなく、たとえ福利厚生をよくしたところで報酬を得る手法が=アポを取り契約を成立させるでは会社はその場しのぎで何の技術もない人材が広告代理を担うのです。

 

残念ながら未来はないと言い切れます。

 

逆を返せば未来が拓くと思えるのは私の場合、独立して仕事をすることで未来が開けると感じています。

 

その理由は、要は依頼者からしてみれば仕事をしてくれて問題点を指摘してくれる人と最初から最後まで仕事ができることです。

 

つまり私の場合、この商品を宣伝するにはお客のターゲット層が違う、もっと効率のいい仕事ができる。などのアドバイスを行うだけでもクライアントは私を信頼をしてくれていました。

 

そういったクライアントに出会うと、広告作りの醍醐味も感じることができました。

もちろん、そういったクライアントからの評価をしっかり人事部が評価してくれれば問題ないのですが。。

 

残念ながら会社にはそういったシステムになっておらず、今後も変わることがない。ということに絶望した感じです。

 

会社の評価も結局は、人が行っているのであり、自分にはあっていないと感じました。ならば転職するのもありじゃないかと思いますね。

 

会社に縛られるだけが人生じゃない。

 

そうスキルがあり、信頼してくれる人がいれば仕事はできる。そう考えるようになりました。

 

みなさんはどうでしょうか?

今の広告代理店での評価や給与で満足していますか。

 

 

 

 

 

広告代理店であるあるクライアントからの値引きのパワハラ!

クライアントからのパワハラの主たるもの、それは、、

クライアントからのパワハラは、値引き交渉!

今更ですか?しかも、かなりめちゃくちゃな言い分の突然の値引き交渉。

 

当時、30代の営業職です。(もう、退職しました)景気がいい時はそんなことないんですが、一旦景気が落ち込むと、クライアントから厳しい話が突然持ち上がります。

 

値引交渉です。コマーシャルの媒体費用や、制作案件の費用の値引きなど、ありとあらゆることで値引き交渉をされます。もちろん、業務外の雑用も押し付けられます。

 

代理店とクライアントの力関係から、これは必然です。 値引き交渉で最悪なのが、制作物の作業が一通り終わったあとに、たまたまなのか?狙って言ってきているのかは?

 

嫌がらせなのか?は定かではありませんが、突然、一方的に要求されます。

 

そんな時は、あまりの無茶振りに、いくらクライアント様とはいえ、頭にきます。「それなら、どうしてもっと早くに言ってくれないのか?一体、今までの労力はなんだったのだろうか?」と、机をひっくり返したくなります。

 

そして、またこの交渉に多くの時間を費やしことになり、会社に寝泊まり、サービス残業の嵐となるわけです。

 

会社に持ち帰り、社内でもう一度精査しなおしていると、「見積もりが遅い、料金高すぎ、もっと安くできるだろ!」と、高圧的な態度で怒鳴り散らしてきます。

 

「気に入らないんならやめれば!」と、キッパリと言いたいことは山々ですが、代理店とクライアントの関係上、こちらが妥協するしかありません。

 

なんたって付き合いの長いクライアントさんなんでこちらが折れるしか選択肢がないんです。

 

名目上、丁寧に議論して費用は決定されますが、半ば力技での決着になるわけです。広告代理店に勤めていると、こんなことの繰り返しです。

 

毎月、月末起こるこのやりとりは不毛と言えます。これで能力が身につくわけではない。調整役ですからね。

 

でもこの汚れ仕事も誰かがやらなければなりません。そうなれば仕事としては成り立つだけです。

 

電通博報堂であれば、クライアントからパワハラは当たり前と感じる

それは高い年収を得ているから、そのぐらい聞いてやるよ。と言うスタンスになるわけです。モチベートは年収ですから、やる気が出ると言うよりは、仕方がないな。と言う感じです飲み込んでしまうのです。

 

そんなことが続くので、肉体的にも精神的にもしんどくなります。

 

このままでは心の病にかかってしまいそうだったので、転職を決意して、現在では全く違う業種で働いています。